私と「消し込み」との関わりついて
私は、現在は英語教育や英語面接対策を生業としていますが、かつては、恐らく多くの読者の方と同様に英語を用いて仕事を行う側であって、会計システムの構築プロジェクト等に多く携わっておりました。英語も用いたバイリンガルのプロジェクトの従事歴の方が長いのですが、何故か、SAPの導入等の会計プロジェクトは日本語オンリーで済んでおりました。SAPの導入プロジェクトでは、「消し込み」というキーワードを避けて通ることはできません。この用語に出会う度に、「英語ではどういうのだろう?」とぼんやりと考えておりましたが、英語を使用するSAPのプロジェクトを担当することはなかったため、一度はこの疑問は私の中から消えかけておりました。しかし、ふとしたきっかけで私の中で消えかけていた「消し込みの英訳の探究」の灯が再点灯し、この話題について、私の整理したことをシェアしようと考えた次第です。
まず、入金消し込みの業務フローを理解する
「消し込み 英語」というキーワードで検索を行うと、検索結果で上位にくるものの多くは、「ばしっ」とある訳語を提示するというよりは、質問者の聞きたいことが伝わらない悩みと、高い専門性には裏付けられているものの質問者の観点とはズレが生じた回答の応酬のようなサイトが出てきます。例えば下記のサイトは非常に有益な情報が満載ですので、ご参照下さい。
上記のサイトの混乱のようなものは、まずどの勘定科目の消し込みであるのかが不明確であることから生じているように見えます。当記事では、「入金消込」として勘定科目を売掛金に限定してはおりますが、それでも不明確さは残存します。というのも①「入金消込」という用語が指し示す業務は複数の下位レベルの業務から構成され、②組織・人によって「入金消込」という用語が、どの下位レベルの業務を示しているのかが微妙に異なることが多いからです。そこで、まず「入金消込」に関わる4つのイベント・業務を以下に明確化しておきたいと思います。
⒈ お客様が銀行振り込みをすることで、自社の口座に入金される
「入金消込」なのですから、まず最初は掛売りしたお客様からの振り込み入金が最初のイベントとなります。入金消込の担当者は銀行口座の明細を確認することで、入金の事実を知ることとなります。
⒉ 担当者が、口座への入金が、どの売掛金に対応するものであるか調べる
この作業が一番業務負荷の高いものです。金額を間違えて入金してくるお客様もいますし、通販等では購入されたお客様の奥様の名義で振り込まれると名前が一致しませんし、少額で件数が多い売掛金が発生する業種では非常に煩雑な作業となります。後で見るように、この工程をAI技術で支援するようなソリューションも登場しているようです。
⒊ 特定された売掛金をシステム上で「回収済」のステータスに更新する
前工程の作業により、なんとか銀行口座の入金データと会社帳簿の売掛金のデータが紐付けされた後には、それをシステム的に認識させるために、対応する売掛金のデータのステータスを「未回収」から「回収済」に更新します。
⒋ 会計帳簿に売掛金が回収されたことの仕訳を記帳する
最後の仕上げとして、「売掛金の回収」というイベントを、会計帳簿に仕訳として計上します。具体的な仕訳としては、「(借)預金/(貸)売掛金」という仕訳が一般的です。
(参考)入金消込の仕訳を2本起こす場合
少し本題からはそれますが、1の入金時に「(借)預金/(貸)債権回収仮勘定」のような勘定科目で仕訳を起こしておき、この4のタイミングでは「(借)債権回収仮勘定/(貸)売掛金」のような仕訳を起こす企業も存在します。こうしておけば2の照合作業で時間がかかってしまい、「いつまでも預金の金額が帳簿上確定しない」という事態を避けることができます。
「入金消込」の英訳を考える
さていよいよ本題です。英訳を考えるにあたっては以下のポイントが重要であると考えています。
前述の1から4のどのタスクを念頭に置いて発言しているのか確認する
このようなサイトにまで辿り着いて「入金消込」の訳語を探されている方は、恐らく経理システムの海外拠点への展開を任されていたり、あるいはそのような業務において発生する文書の翻訳を任せれていたりする方なのではないかと推測します。そのような場合、ちょっとした認識の相違が後々大きなトラブルを招く可能性があるため、発言者が「消込」という言葉で、先程の1から4までの工程のどこまでを念頭に置いているのかを確認しておくことを推奨致します。
例えば、下記のサイトの会計SEの方は『「消し込み」は、基本的に債権・債務の勘定科目の残高を消していく作業のことを指します。(引用)』と述べており、サイトを読み込むと2から4の作業を念頭に置いていることが分かります。
一方で、私の昔の体験談ですが、SAP導入のプロジェクトで、あるエンジニアが「消込」というワードを盛んに口にするので、その定義を求めたところ、3の工程ことだと明確に言い切りました。同じ「入金消し込み」という日本語でも、人によって、そして組織によって指し示す範囲が異なる可能性があるということです。
英訳においてはSAPの用語を念頭に置く
2020年初頭の現在日本企業のERPのシェア首位はSAPです。「入金消込」という業務はERPの会計モジュール内で行われますが、やはりシェアが首位のシステムの考え方に影響を受けますので、SAPというシステムの用語を念頭に訳語を考えることが無難といえます。
SAPで「消込」とは基本的には3の工程を指し、その英訳は「Clearing」である。
SAP用語で「消込」と単純にいう場合、工程としては3の売掛金をシステム上回収済に更新することを意味し、その際の英訳語として相応しいのは「Clearing」となります。一方で、これを「消し込む」という動詞で表現したいときは、下記のサイト内に「The system then marks these items as cleared. 」という表現があることから、「mark 〜 as cleared」と訳すと行き違いがないと思います。
F-04 GL Account Clearing - Weebly
上記リンクの文書内で「Post with clearing」という節が出てくるため、仕訳の計上(post)と消し込み(clearing)は用語として区分されているようですが、仕訳計上も含めて工程3から4を含めて「入金消込=Clearing」と認識されている方もいるようです。
なお、4の工程の仕訳計上の部分だけを言いたい場合は、「AR(Account Receivable) collection journal entry」と言えば混乱の生じる余地がなくなると思います。
2の工程のみ、あるいは2−4の工程をまとめて言う場合は、「Cash Application」と言う
下記のサイトにおいて、『SAP Cash Application を使用すれば、手間のかかるマニュアル財務プロセスを、インテリジェントな債権照合自動化機能で処理できるので(引用)』と記載されているので、2の工程に対応する英訳語として適切なのは「Cash Application」であると言えます。
SAP Leonardo を活用したインテリジェントな請求書照合
もちろん「SAP Cash Application」というのはソリューションの固有名詞ですが、下記のサイトからの引用文で確認すると、「Cash Application」というのは一般的な用語として普及していることが確認できます。ただし、この場合は工程2のみに限定せず、工程2から4にまたがった概念を指していると了解できます。
The cash application specialist will look at the customer name or invoice number on the payment, find the associated remittance and post it to the outstanding accounts receivable invoice in their company’s ERP.
引用元:What is Cash Application
2の工程だけの訳語として「Reconciliation(照合)」もOKと思われるが注意が必要
「消し込み 英語」でGoogle検索を行うと、かなり上位にDMM英会話のサイトが掲載されます。そこでは、「消し込みの英語はreconciliation」と単純明快に解説しており、下記のような例文を紹介しています。
The reconciliation of the outstanding sales account could take a while.
(売掛け金の消し込みは時間がかかります)
引用元:DMM英会話 消し込みって英語でなんて言うの?
元会計で飯を食ってた人間からすると「reconciliation」の訳語はやはり「突合」や「照合」であって、「消し込み」と訳すには正直抵抗があります。英語の原文は消し込み作業のことを言っているのではなく、期末に行う、未決済の売掛金残高の正確性を確認するための照合作業について言及しているともとれます。その場合、「消し込み」と訳してしまうとおかしなことになってきます。
工程2の銀行の預金明細と会計帳簿の売掛金明細の突合作業についてのみ言うのであれば「reconciliation」と訳しても問題はないと思いますが、「消し込み」という用語の英訳として「reconciliation」を使用するのは十分注意して下さい。
訳語として不適切なのは「Delete」や「Erase」
他にも検索すると、「消し込み」の訳語として「消す」という部分に着目して「Delete」や「Erase」という用語を使用しているものを見かけますが、恐らくどちらを使用しても非常に伝わりづらいと思われます。特に、システム屋の人にとっては、「Delete」という用語はレコードの物理削除を想起させますので、消し込みの訳語としては使用しないで下さい。
最後に
「消し込み」の英訳語として「Clearing」をご紹介しましたが、この「Clearing」という用語は財務・会計領域で別のものを指すことがあります。機会があれば、別の記事にてそれらについてご説明できればと思います。